2004年04月15日
断乳を選ぶワケ
母乳育児のサークルで出た話題。「なぜ断乳するの?」
私は、以前に書いたエントリー「卒乳と断乳」のように、もともと卒乳にあこがれていたが、乳腺炎をきっかけに出会った母乳育児のサークルのみんなと、桶谷式の断乳をすることに決めている。
断乳シーズンの春、父親の連休もとりやすいGWがXデーのメンバーも多い。私を始め、断乳を延期したメンバーもいる中、ただいまの悩み(?)は「なぜ断乳するの?」
子どもにとって断乳とは?母親にとって断乳とは?大好きなおっぱいにバイバイできるよ!っていう子どもの気持ちって?大好きなうちは満足できてないのかな。それとも、別の何かが足りないのかな。時期や月齢じゃないと思う。今のまま、あと何ヶ月か飲ませても、その時期が来るとも思えない・・・。やっぱり大好きなものを納得してやめるのかな。納得できる子どもの中にはなにがあるのかなー。
私がそのサークルでの桶谷式の断乳を選んだ主な理由は、次のようなもの。
・子ども自身で大きな決断をする機会を与えることができる
・大切なものでもがまんしなけれなならないことがある、という経験をすることができる。
実は、自然におっぱいが離れるのを待つだけではなくて、積極的に卒乳に導くのであれば、バイバイする日が決まっているか決まっていないか、それ以外の違いがあまりわからない。「もうそろそろ、おっぱいバイバイしようか」と言い聞かせたりしていれば、子ども自身、つらい思いもするだろうし、最後には大きな決断も必要だし、子どもの葛藤、精神的な成長という面では、違いがあまりないように思える。
では、バイバイする日の意味は?
今は、母親や父親の決意の強さを示す日なのではないだろうかと思っている。いくら泣いても、ダメなものはダメ!というのも、ひとつあると思う。
でも、もっと大切にしたいと思っているのはこちら。母乳育児を続けていて、母親も父親も、おっぱいに頼っていることって、本当に多いと思う。子どもにおっぱいをあげなくなる日、親にとっては、おっぱいがなくても子どもの気持ちを受け止めていく覚悟があることを、子どもに「明確」に伝えるチャンスなんだと思う。おっぱいがなくても、あなたの親はここにいて、あなたを受け止めると。
大好きなものと分かれることは悲しいに違いないけれど、子どもは、本能的におっぱいがなくなるものだとわかっていると思う。親の覚悟が決まっていれば、必ず子どもは納得してくれるに違いない(以前、断乳しようとしたときや、最近の保育園通園に関するやりとり、毎日のちょっとしたやりとりでもそう思う)。どうやって、その悲しさを少なくすることができるか、悲しみをいやすことができるかというのは、また、別に考えたい。
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私もメールを発端に色々考えました。断乳をのばした身として、ただのばしたのではなく、意味のある延期にしたいと思い、よくよく考えてみました。
メールを送ってくれたkayoさんには直接メールしたのだけど、私が思っているのは
おっぱいは愛情を確かめる手段。断乳を納得できる子供の中にあるのは愛情の絆。納得できる子というのはおっぱいという手段がなくても絆があるから大丈夫とわかっている、感じている子なのかな?そして、最近思うのは断乳の日を親、子、そして家族で乗り越えていくことによってそれまでの絆をより強くできるのではないかと。おっぱいを我慢している子供に共感し、励ますことにより、それまでに築いてきた愛情の絆がより太くなり、子供はよりたくましくなり・・・、というのが私の理想かも、と今は思っています。
おっぱいはお母さんの愛情をしっかり感じられるから大好きなんじゃないのかな?おっぱいがなくてもお母さんの愛情を常に感じられる絆ができていれば、おっぱいがあろうがなかろうが、一緒だと思うのです。だからこそ、子供の成長の過程におっぱいが栄養的に必要でなくなる頃までに、そのような絆を作っていき、おっぱいがなくても大丈夫な体になったんだよ、おっぱいがなくても大好きだから、大丈夫なんだよ、と伝え、本人にもしっかりとわからせてあげられるように断乳という儀式が必要なんじゃないかな。
MIKIちゃん、ありがとう。
私とMIKIちゃんは、言葉は違うけれど、気持ちを伝える儀式というとらえ方は一緒だろうなと思います。
>おっぱいがなくても大丈夫な体になったんだよ、おっぱいがなくても大好きだから、大丈夫なんだよ、と伝え、本人にもしっかりとわからせてあげられるように
というのは、卒乳でもわかっているからこそ、わからせてあげることができたからこそ、自分から離れていけるんじゃないかな。
ああ、だから、卒乳と断乳の違いって、すごくわかんないんだよなあ。
断乳生間近(予定)&疑問だらけのkayoです・・汗
ありがとー。すごく分かって来た気がする。私の分かりたかった質問の意味は、そう、その儀式!の意味なの。なぜそのある1日があるのか?飲む・飲まないをその1日でパキッと分かれさせてしまう理由。実際、儀式の後はもう1度も飲まないし飲ませないのよね。その1日~子どもに育つものは何か?私なりにもう少し考えてみようと思います。
それからもうひとつひっかかっているのが、「納得」です。納得の仕方もいろいろあって、ニコニコ納得できる子もいれば、うんと頑張って納得する子もいます。断乳の日にお母さんがあることに気付きそれで納得できる子もいます(前回の私はこれかなーおっぱいなくなっても抱っこに来ていいんだよ、膝は空いてるよって子どもに言ったら納得していったのです。その子にとっては私の膝が開いていなかったことに私は気付いていなかったのです。おっぱいなくても大丈夫、お母さんは今まで自分が思っていたことに気付いてくれたと思えたんでしょうね)。その辺りをもう少し考えたいと思います。授乳期間中に「おっぱいなくても大丈夫!お母さんは私を受け止めてくれる」が分かった子はすんなり納得できるのでしょうね。お母さん分かってよ、気付いてよと思うことがある子は泣いたりして教えてくれる。
どちらにしてもホントにどういう風に授乳してきたかがその日にでるのは確かです。そしてそれを親子で乗り越えると今まで足りていなかったものがプラスになる。その課題は親子それぞれだから断乳も親子それぞれ何がいいとかどういうのがベストとかはないんですよね。(何書いてるか分からなくなって来ました・・書くことで自分の思ってることを確認させてもらってるんだと思う。ありがとう。書いてることがずれてたりすると思うのでごめんなさい。)
今回の授乳は、「ゆっくり難しいこと考えずあげたい」っていう当初の目的通り、ホントにゆっくり何も考えず過ごして来て、で、今になって考えないと何も考えずに過ぎていく(いける)ことを発見。自分が断乳する!っていう自覚が足りなかったみたいです。疑問を1つづつ解いて行きたいと思います。一緒に考えてください~。
KIMIちゃん。
断乳と卒乳は究極の卒乳だと断乳と同じで・・・言葉が違うだけでおんなじだよねー。桶谷式の、とくに私たちがやろうとしている断乳は卒乳でもいいと思うよー。
お互い、子供にしっかり思いが伝えられるようにがんばらなきゃねぇ。
kayoさん。
お兄ちゃんたちの断乳での納得の仕方。幸さんの言葉を思い出しました。幸さんは卒乳派だと思うのだけど、おっぱいをやめるときの話しに、「おっぱいがなくてもお母さんちゃんと抱っこしてあげるから大丈夫よ、と言ってあげたらいいのよ。子供はおっぱいがなくなると抱っこしてもらえなくなると思ってるから」というのがありました。おっぱいは大好きなお母さんにおなかのなかにいた頃のようにぎゅっと抱っこしてもらってぴったり密着して過ごせる時間。だから大好きなのでしょう。お母さんがにこにこして穏やかな時間が流れて愛情が伝わってきたらもう最高!って?そんな時間がなくなることを想像すると、やっぱり不安だよねぇ。その不安を取り除けるようなふだんからの言葉がけや思いの伝え方があれば、納得できるんじゃないかな?
メールでも書いたけど、あっさり納得しての断乳も、泣いてがんばっての断乳も、最終的に得る物は同じだと思う。ただ、泣いてる時にお母さんが気付いてあげられないとだめなんだよね。そこが問題?
今の私は今回の断乳でお姉ちゃんにも安心とか愛情をもっと伝えたいと思い、どうしたらいいのか、考え中・・・
kayo さん、MIKI ちゃん、コメントありがとう。
> MIKI ちゃん
> とくに私たちがやろうとしている断乳は卒乳でもいいと思うよー。
って、それ、よくいってるの私やん(笑)。でも、このはなしの流れで、それいうと、断乳の日を用意することの意味を考えることから、それちゃうよ。
こうやって、いろいろ熱く?語って、考えすぎてる風に見えても、実態は、お気楽のほほんなんだよな。なんだかなー。
あこがれの「卒乳/断乳」を実現するための時間、のんびり楽しく過ごすことしかできない私でございます。
でも、なにかあるとき、その瞬間は逃さないようにしたいな。
話を元に戻して、「バイバイする日」について、コメントしますね。
> MIKI ちゃん
> 不安を取り除けるようなふだんからの言葉がけや思いの伝え方
を、一気にできるようにならなければならない日、できるようになる日なのかもしれません。
> kayoさん
> どういう風に授乳してきたかがその日にでるのは確かです。そしてそれを親子で乗り越えると今まで足りていなかったものがプラスになる。その課題は親子それぞれだから断乳も親子それぞれ何がいいとかどういうのがベストとかはないんですよね。
この文章が、すごくわかりやすい気がします。
断乳の時の子どもの様子、親の関わり、その日に凝縮して現れるから、その親子の課題が明確になって、それからの親子の関わり方に、大きな影響を与えるのでは?
卒乳では、じっくり時間をかけて育てていくものを、断乳では、ある意味、一気にこなしていく。凝縮しているから、親としてなすべきことが理解しやすい、親が家族としての関わり方の課題を見つける、きっかけとなる日なのだと思います。